@article{oai:osu.repo.nii.ac.jp:00001962, author = {平尾, 昌宏 and HIRAO, Masahiro}, journal = {大阪産業大学論集 人文・社会科学編 31, JOURNAL OF OSAKA SANGYO UNIVERSITY Humanities & Social Sciences}, month = {Oct}, note = {先立つ三つの稿(平尾[2016b],平尾[2016c],平尾[2016d] 1))に続き,〈です・ます体〉 と〈である/だ体〉について考える。  問題の発端やこの試み全体の意図については第一論文に記したが,本稿の文脈を簡単に 確認しておこう。我々は問題を三つのステップに分割した。第一部では「『です・ます』 で論文を書いてはならない」もしくは「論文は『である』で書かねばならない」という, 一般的に――しかし批判的な検討を経ずに――認められているらしい規範の正当性,合理 性を巡る問題(第一論文),第二部では,「です・ます」や「である」といった文末辞の語 法に関わる国語学的(第二論文)及び日本語学的(第三論文)な問題を取り上げた。そして 本稿以降で展開される第三部では,両体の用法の原理的な解明から学問のあり方について までの,哲学的な問題を考える。}, pages = {47--67}, title = {〈である体〉と〈です・ます体〉の人称的構造――日本語からの哲学・序論(四)――}, volume = {31}, year = {2017}, yomi = {ヒラオ, マサヒロ} }